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大阪家庭裁判所 昭和47年(家)315号 審判 1972年9月08日

申立人 富沢愛子(仮名)

主文

申立人の氏富沢を尾崎に変更することを許可する。

理由

一  申立人は、主文同旨の審判を求めた。

二  本件の調査結果によると、つぎの事実が認められる。すなわち、申立人は尾崎一と昭和二七年三月二五日婚姻して夫の氏を称し、夫との間に一男一女をもうけたが、夫は昭和三九年頃女性関係と仕事のことが原因で家を出て行方不明となり、最近になつて夫が申立人に無断で昭和四五年九月一〇日協議離婚の届出をなしていることが判明した。申立人は二〇年来子供二名とともに現在の建物(夫が建築費を出し所有名義は長女となつている。)に居住し、尾崎の氏を称してきたものであるが、上記の離婚により戸籍上申立人だけが婚姻前の富沢に復氏してしまつた。しかし、申立人自身としては今更協議離婚の無効を争つてみたところで、婚姻生活がもとに復する見込もないのでこのまま追認する考えであるが、ただ従来どおり尾崎の氏を称することができればよいとしている。なお、現在も引続き申立人は会社員として働いている。

三  氏の変更が許容されるためには、やむを得ない事由の存在することが必要であるが(戸籍法一〇七条一項)、本件の場合つぎのような諸点を総合してこれに該当するものということができる。すなわち、(イ) 申立人は協議離婚の無効を争わずこれを追認するということであるから、民法七六七条の規定により婚姻前の氏である富沢の氏に復したことは当然であるが、しかし、民法七六七条の規定は離婚により復氏した者が改めて戸籍法一〇七条一項の規定により婚姻中の氏と同一呼称の氏を称することまでを禁止する趣旨ではなく、また同条が離婚復氏を絶対的なものとしてなんらの例外をも認めなかつたことについては余りにも画一的であつて、立法論的な批判を免れることができないものがあり、上記のやむを得ない事由の解釈に当つては、この点も充分に斟酌されてしかるべきであると解する。(ロ) 申立人は二〇年来現住所に居住し子供二名を養育し、昭和三九年に夫が家を出てからも従前と同様の生活関係を営み家庭を維持してきたものであり、申立人自身の個人の呼称としてはもちろんその家庭の呼称としても一貫して尾崎の氏を称してきたのであるから、ここで申立人のみ富沢の氏を称することは、その社会生活上において種々の不便、下都合をきたすばかりでなく、社会からみても世人の申立人やその家族に対する同一性の認識に混乱をまねくことになることもまた明らかである。そして、申立人が尾崎の氏を称することの方が、申立人及びその家族にとつてより一層利益であることは自明である。(ハ) 申立人が尾崎の氏を称することによつて夫の氏名権をことさらに侵害するものでないことは、夫の家出の事情に徴して明白であり、更に、離婚したかどうかは戸籍によつて公示されているところであるから、その関係を不明瞭にするものでもないといえる。よつて以上の次第であるから、本件申立はこれを相当として認容することとし、戸籍法一〇七条一項の規定によつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 福島敏男)

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